お寺めぐりの友

PC版

大慈山(だいじざん) 長徳寺(ちょうとくじ) [長徳禅寺] 臨済宗南禅寺派

歴史

伊藤氏メモ仁平元年1151に現在地に創建。 現第19世。境内の観音堂は、安産祈願のため佐賀鍋島藩2代藩主光茂が寄進したものである。観音堂内の本尊や10数体の仏像は金色に輝き、欄間もカラフルな造りである。

慶長年間1596-1615の佐賀城下絵図の中に、長徳寺西側の堀を隔てた現・柳町の東部一帯に東西47間、南北43間の広大な面積に南蛮寺()が記載されているが、今はその面影を偲ぶものは何も見当たらない。キリシタン禁教令により、佐賀からキリスト教会神父が追放されたのは、慶長18年1613のことであった。(『ふるさと循誘』より)()

伊藤氏メモ仁平元年1151に、ここ東佐賀町(牛島村)の豪族・菅原太郎三郎教正が、島原在の豪族との勢力争いで勝利をおさめた記念に建立したとされる。

教正は菅原道真の流れをくみ、のち地名の「牛島」姓を名乗っている。現在の循誘公民館は教正の館跡地にある。

俳聖・松尾芭蕉の真筆を埋めた芭蕉塚があることでも有名。この塚は芭蕉没後100年忌を記念して、その流れをくむ当寺の住職など俳人たちが集まり、句会を開き建立したものである。(『佐賀百寺巡拝』より)()

ひとくちメモ

観音堂の前面の装飾はなかなかのもの。境内では芭蕉塚の他に多数の石仏がみられる。 本堂の前面の扉が木製とアルミサッシの和洋折衷の造りとなっている。

関連寺院

Top