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種福山(しゅふくさん) 天徳寺(てんとくじ) [天徳禅寺] 臨済宗南禅寺派

歴史

伊藤氏メモ天喜2年1054に、佐賀市鍋島町に現存する蛎久天満宮(かきひさてんまんぐう)御本地の三尊像を祀るため、後冷泉天皇の勅命により安楽寺天満宮(現在の太宰府天満宮)の末寺として肥前蛎久(蛎久天満宮の東隣。現在の蛎久公民館辺り)に建立された。菅原道真を奉る太宰府天満宮と歴史的関係がたいへん深い古刹である。

元亀元年1570龍造寺隆信の時代に起こった大友の乱の戦火に遭い本堂は焼失。その4年後に、佐賀の城下町を造るために当時、蛎久天満宮の諸事を司っていた当山住持竹庵和尚が鍋島直茂の命を受け現在の場所へ寺を移設し寺の向いに蛎久天満宮を分祀して北面天満宮を建立した。江戸時代には鍋島家の祈祷寺として栄えた。

天徳寺と北面天満宮の間に架かる「天神橋」は、かつて「天徳寺橋」と呼ばれていた。その天徳寺橋を舞台にしたわらべ歌「雪やこーろ」が伝わっている。

また、境内入口に祀られる「六地蔵尊」は、いつの頃からかイボで悩む人々から「いぼとり地蔵尊」として信仰を深めるようになってきた。(「天徳寺/HP」より)()

門前は、長崎街道である。

ひとくちメモ

いぼとり地蔵尊(六地蔵塔)は境内に入ってすぐ右手にある。本体のお地蔵様達は永年人に(さす)られているようで黒光りしている。 案内板によれば、境内に蘭学者大庭雪斎の墓があるようであるが未確認。

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