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松林山(しょうりんざん)勝楽寺(しょうらくじ)☆☆☆真言宗御室派

歴史

伊藤氏メモ以下は、当寺でいただける「勝楽寺由来」などによる。

当寺は祈祷寺として昔より崇拝されてきた。創建年は不詳であるが、古文書等によると相当古い時代に開寺されたと想定される。

本尊阿弥陀如来像は、聖徳太子の御作であると言われている。勝楽寺という名が吉祥なりとして、武家に間で特に崇拝され、景行天皇御代(西暦71年)日本武尊(やまとたけるのみこと)が熊襲征伐の際に当寺で祈願を込められたという。()

伊藤氏メモ以下は、『佐賀百寺巡拝』などによる。 

創建開基は不詳。かつては神通密寺實相院(佐賀市大和町)の末寺であった。 弘安4年(1281)蒙古襲来の折り、肥前国では掘江神社(佐賀市神野西)で敵国退治の祈願が行われていたが、当寺はこの祈願に際して、境内竹林の竹を切って旗竿などを製作し軍用に供した。 蒙古退散後、当寺の竹の名声は高まった。また寺号の勝楽は吉祥として、元亀元年(1570)大友軍の来襲に際して鍋島直茂は出陣のときに当寺に立ち寄り、竹林の竹を使って旗竿を作り武運を祈願した。鍋島家の朝鮮出兵の際も当寺の竹を旗竿に使用したといい、代々、馬印の旗竿や着物竿など全て当寺から上納することになっていたという。()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ本堂祭壇には、本尊阿弥陀如来像十一面観世音菩薩像不動明王像弘法大師像などの古仏が並び、当寺の歴史を感じさせる。縁側部に掛かる一風変わった小さな朝鮮式の釣鐘は、行方が不明となっていたが、成章中学校(佐賀市成章町)に勝楽寺の名が記された釣鐘があるということが判り、当寺に帰ってきたものである。

境内に並ぶ十三仏に掛けられた前掛けは、みな清潔感漂う紅色でその美しさは目に残る。近年まで、寺の周囲は竹林であったが、宅地等開発が進展し、現在は寺の道北側に僅かに竹林が見られるばかりである。()

本堂を始め境内の石仏・板碑などどことなく昔懐かしさが感じられるお寺である。 参道口にはコスモスがきれいに咲いていた。

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