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白山無量光院(はくさんむりょうこういん) 称念寺(しょうねんじ) [稱念寺] 浄土宗

歴史

伊藤氏メモ天正15年1587の創建以来この地にある。現第33世。 当寺の南側門前は旧長崎街道で、江戸期の古地図によれば街道の道南側には宿屋やお茶屋が建ち並んでいた。また、当寺の西側、現在「エスプラッツ白山」のある場所の北側は勢屯町(せいだまるまち)と呼ばれていた。()

伊藤氏メモ佐賀城築城の際に参道を変えたことから、山門は東側にあるが、本堂は南向きの造りとなっている。

かつて龍造寺八幡宮の神宮寺であった龍造寺(佐賀市白山)北にあった白山権現を当寺境内に遷祀したのが、山号の由来である。 現在の白山(しらやま)・呉服元町は佐賀市の中心街であるが、白山(しらやま)は当寺の山号・白山(はくさん)から出た町名であり、この一帯は江戸初期から呉服屋をはじめ生活の主要品を販売する店々が並び佐賀城下一の繁華街を形成してきた。(『佐賀百寺巡拝』より)()

佐賀県の歴史散歩』によれば、 宗門改めが行われた寺。 寛政12年1800、呉服町(晒橋の西北)に本陣が設置されるまでは、称念寺と願正寺は本陣として利用された。

境内の墓地には武富圯南(たけとみいなん)(幕末の儒学者)、草場佩川(くさばはいせん)(幕末の朱子学者)などの墓碑があるという。

伊藤氏メモ本堂左前に立つ聖観音像は佐賀市中心商店街のシンボルとして建設された商業施設ビル・エスプラッツの南玄関脇に建立されていたものである。同ビル建設に情熱を傾けていたある地権者の方が私財を投じて建立した観音様である。 このエスプラッツビルは平成10年にオープン。完成祝賀式に合わせて、観音開眼法要も行われた。

そのビルも運営面で行き詰まり、平成19年に佐賀市など公的機関も入居してリニューアルオープン。これに合わせて、管理上の問題から聖観音像の移転話が持ち上がり、同年に近くにある当寺に移されたものである。()

ひとくちメモ

山門は長崎街道に面している。 赤門に安置されている四天王像(木像)は江戸期の作という。 境内には聖観音像・六地蔵塔・地蔵菩薩像などがみられる。 東側にも山門があり、一体の仁王像(吽型・石像)が守っている。

武富圯南・草場佩川の墓碑は未確認。 境内に児童養護施設 佐賀清光園が併設されている。

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