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平安山() 龍泰寺(りゅうたいじ) [龍泰禅寺・竜泰寺] 曹洞宗

歴史

Linksのページによれば、永禄8年1565、肥前国の龍造寺隆信が、龍造寺氏の安泰を祈願し、大圭和尚を招聘して創建した寺である。寺号は「龍造寺安泰」の意によるという。

天正12年1584隆信が沖田畷で戦死したので、この寺に墓所を築き、夫人や子の政家夫妻も葬った。

その後隆信は宗龍寺に、政家夫妻の墓も高傳寺に移された。明治4年鍋島家において、多くの寺院に散在する龍造寺、鍋島両家の墓を高傳寺1か所に集めることになり隆信の墓も高傳寺に移された。

今は龍造寺の血脈伝える村田家の歴代の墓所のみが残る。本堂は、佐賀戦争で焼失を免れた佐賀城本丸の「玄関・式台等」解体されたものを用いて、大正初年頃に改築されたものである。

表門は明治初期の廃仏毀釈のおり、慶誾寺からこの寺に移築されたものという。

ひとくちメモ

伊藤氏メモ中門前に大隈重信の墓(大隈家の墓所)がある。さすが大隈候だけあって、墓所内の石燈籠には早稲田大学の銘がある。()

本堂の規模は此の地区で最大級と思われる。 境内の枝張りの良いアカマツの植え込みはしっかりと手入れされている。10本近くあるのではなかろうか? 朱色の楼門内には十六羅漢像が安置されている。 六地蔵塔も3基みられる。

寺の東側は佐賀城の堀となっている。堀端の楠の大木の並木は壮観である。 寺周辺で見られた動物たちの写真はこちら

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