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大源山称名院()来迎寺(らいこうじ)☆☆☆浄土宗

歴史

伊藤氏メモ金立町来迎寺地区の北端にあって極めて由緒深い寺である。 鎌倉幕府の第5代執権の北条時頼(1227-1263)が諸国巡遊の際、肥前国上郷白水村(現在の来迎寺地区)に大源山称名院来迎寺を建立し、知玄上人を開山和尚とした。 時の執権時頼の威勢と信仰の力を以って建立されたもので、その規模は広大であったといわれている。(Links① より)

山門を入ると左手が墓地で、島義勇(しまよしたけ)ら島一族の墓11基が左右に並んでいる。 義勇は蝦夷開拓使判官(札幌市の都市開発に関わり、「北海道開拓の父」と呼ばれる)・大学少監・秋田県権令を歴任。 明治7年(1874)佐賀戦争勃発にあたり憂国党の党首に推されたが、政府軍と戦って敗れ、江藤新平とともに城内で処刑された。()

ひとくちメモ

墓地を含んだ境内の面積は当地区屈指の規模である。 山門(四脚門)の柱は風格満点。

山門をくぐって左手に六地蔵、右手には大きな地蔵堂・鐘楼・六地蔵塔などが見られる。 島義勇一族の墓碑は未確認。残念。

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