お寺めぐりの友

PC版

大源山称名院() 来迎寺(らいごうじ) [未] 浄土宗

歴史

伊藤氏メモ金立町来迎寺地区の北端にあって極めて由緒深い寺である。 鎌倉幕府の第5代執権の北条時頼が諸国巡遊の際、肥前国上郷白水村(現在の来迎寺地区)に大源山称名院来迎寺を建立し、知玄上人を開山和尚とした。 時の執権時頼の威勢と信仰の力を以って建立されたもので、その規模は広大であったといわれている。

山門を入ると左手が墓地で、島義勇(しまよしたけ)ら島一族の墓11基が左右に並んでいる。 義勇は蝦夷開拓使判官(札幌市の都市開発に関わり、「北海道開拓の父」と呼ばれる)・大学少監・秋田県権令を歴任。 明治7年1874佐賀戦争勃発にあたり憂国党の党首に推されたが、政府軍と戦って敗れ、江藤新平とともに城内で処刑された。()

Top