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泰祐山(たいゆうざん)妙安寺(みょうあんじ)☆☆☆曹洞宗

歴史

伊藤氏メモ鍋島の初代藩主勝茂は、龍造寺胤栄(りゅうぞうじたねみつ)の遺子・妙安尼の数奇な身の上に同情し、5000坪の土地を寄進して妙安寺を建立した。創立年代は、はっきりしないが、慶長5年(1600)前後であろうといわれている。明治4年(1871)鍋島直大が、各地にある龍造寺・鍋島関係の墓を菩提寺の高伝寺に移したが、そのとき妙安尼の墓も移された。現第30世。(『日新校区史跡ガイドマップ』などより)()

伊藤氏メモ当寺の開基となった妙安尼は、龍造寺胤栄の姫であり、隆信の養女。岸獄城主波多三河守源親の室であった。 夫三河守が太閤豊臣秀吉の朝鮮出兵に従い出陣している間、城中を守っていたところ、酒宴の席で太閤が姫の美貌に食指を動かしたため、焼け火箸を顔にあて貞節を全うしたという。(高伝寺の龍造寺・鍋島家墓所にある妙安尼の墓の案内板より)()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ平成17年に道路拡幅に伴い建て替えられた山門と周りを囲む白塀が美しく調和している。()

コンパクトな本堂である。 寺域の規模は町中の寺としてはかなりのものである。

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