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月潭山(げったんざん) 光圓寺(こうえんじ) [光円寺・光圓禅寺] 臨済宗南禅寺派

歴史

伊藤氏メモ当山は、佐嘉藩発祥の地、龍造寺水ヶ江城中ノ館の廓内、龍造寺家の重臣木下伊豫守の屋敷にあたり、天文23年1554に木下伊豫守の長子である仙叔(せんじゃく)大和尚を開山とし創建されたものである。

開山の頃、この地は堀や竹林が多く、禅語の「竹葉階を払って露動せず、月潭底を穿って水に跡無し」の景観あり、これより山号を月潭山とし光円寺と定められたという。

開山後は、龍造寺家、鍋島家、多久家の帰依も厚く寺禄伽藍等は完備したが、火災や時の流れとともに盛衰あり、今日に至る。(当寺の説明板より)

門石柱によれば昭和58年1983時点で第19世。()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ鉄筋2階建ての本堂であるが、歴史を感じる四脚門がポツンと立っている。山門を入って右側には観音堂がある。()

寺のすぐ北側には水ヶ江城跡(龍造寺隆信生誕の地)がある。

水ヶ江城跡(龍造寺隆信生誕の地)

この地には、城の遺構は確認できない。現在は公園のような広場となっており、案内板・記念碑・胞衣塚(えなづか)が立っているのみである。 胞衣とは胎児を包んでいる膜および胎盤の事。

隆信は享禄2年15292月、当水ヶ江城東館天神屋敷にて生まれたという。


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