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()華蔵庵跡(けぞうあんあと)[華蔵禅庵跡]☆☆☆曹洞宗

歴史

寛文年間(1661-1672)、藩主鍋島光茂による円蔵院住職村了和尚の処刑に抗議して佐賀市にある高伝寺11世の湛然(たんねん)和尚は筑前へ出国しようとした。 光茂は松瀬の地に土地、建物を寄進して国内に留まるように願う。 これが華蔵庵で湛然和尚は晩年をこの庵で過した。 『葉隠』を執筆した山本常朝は、この華蔵庵で湛然和尚に教えを受けたと伝えられている。 この地より東南500mほどの所にある安國山 通天寺には湛然和尚の彩色坐像があるという。湛然和尚は通天寺にも一時投宿していたようである。 詳しくはLinks① に記載されている。

ひとくちメモ

国道263号線の西側の田畑が終わり山林が始まる所にある。 (三反田交差点には人の背丈ほどある道標が建っている。) 田畑の間の農道が入り組んでいて参道口はわかりにくい。 参道口の大きな石碑が目印である。 境内は裏山から山水が染み出してきており足元はあまりよくない。 杉林の中に記念碑が建てられ、その周辺にはきれいなシャガが群生している。

湛然和尚以下歴代和尚の墓所は、その先の一段高い所にある。 この墓石も染み出す山水のせいであろうか、かなり石が散乱した状態である。

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