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雲瀧山(うんりゅうざん)観音寺(かんのんじ)[観音禅寺]☆☆☆臨済宗南禅寺派

歴史

伊藤氏メモ以下は、『鍋島町史』などによる。()

鍋島家発祥の地は現在「御館(おたち)の森(鍋島城館跡地)」と呼ばれているが、当時ここには観音寺が観請されていた。 年月が経つにつれこの鍋島城館のあった跡地は荒れ果て草木が茂り、周囲農民の耕作にも支障があるとの申し出があったので、藩祖鍋島直茂は祖先発祥のこの地を整地し、その西側の地を拓き観音寺を移転し鍋島家菩提寺とした。 観音寺の鍋島家菩提寺は天文21年(1552)高伝寺建立まで続いた。

本堂には鍋島家初期の藩主過去帳及び位牌が安置してある。住職は、鍋島町森田の福満寺が兼務している。

ひとくちメモ

本堂は天満宮と並んでたっている。 天満宮は本堂に向かって右隣(東側)にある。 寺の参道口には門柱等は無いが、寺の参道口と並んで天満宮の参道口があり、そこには鳥居がある。 寺の参道の途中には、尊名不詳の石仏(本堂に向かって左手)と地蔵菩薩像(同右手)が両側に立っている。

本堂の前には、龕部が2層構造の六地蔵塔が3基、一層構造のものが1基立っている。 本堂の裏手には佐賀県-福岡県の県境の山々を見渡すことができる。

google mapで見ると、本堂より直線距離で200m足らずの所(東北方向)に鍋島館跡があるようであるが、作者は未確認。ここが鍋島家発祥の地なのであろう。 天満宮の鳥居のすぐ右手(東側)には鍋島公民分館の建物がある。

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