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天真山(てんしんざん) 浄蔭寺(じょういんじ) [浄蔭禅寺] [未] 黄檗宗

歴史

伊藤氏メモ以下は『佐賀百寺巡拝』による。

開基は法樹浄蔭禅師。開山は碧湖元達禅師。

肥前佐賀藩の初代藩主鍋島勝茂の四男・直弘は白石に封じられ22000余石の城主となった。その室の萬夫人は武雄藩鍋島若狭守茂綱の長女。 寛文元年1661直弘が没すると萬夫人は俗を捨て、この地の辻の館に移り黄檗宗祖隠元禅師の曽孫・碧湖元達禅師に接し仏門に入った。 天和元年1681示寂。正貞院殿法樹浄蔭禅師と称した。 入滅にあたっては、嫡男の白石2代藩主鍋島大和守直氏に遺命して、辻の館をもって寺となした。 山号の天真山は、夫君直弘の法号にちなみ、寺号は開基の法樹浄蔭禅師にちなんだものである。 藩主からは寺領田の寄進もあり、宝永2年1705には、鍋島大和守直氏やその弟の村田隠岐守政種(久保田村田家10000石)らが大檀家となり、禅堂・講堂を改構して一山を完備したという。()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ60年ほど前、台風により本堂は倒れ、その後再建はされておらず現在は観音堂が残るのみである。境内奥部には、法樹浄蔭禅師の廟所があり、豪壮を極めた往時を偲ばせる。現在無住であり、佛心寺(佐賀市大財)が兼務している。 参道部入口には「鍋島家菩提所 浄蔭寺」と刻まれた石柱碑が立つ。()

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