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大悲山() 浄土寺(じょうどじ) 浄土宗  FACEBOOK

歴史

伊藤氏メモ創建は1200年前頃。昔は神宮寺と称し、宗旨は不明であったが、一気上人の代に浄土宗に改まった。本尊は阿弥陀如来、脇侍は観世音菩薩。 江戸時代まで與賀神社の社務の惣官に任じられて担当した。 開山とされる一気は神道の奥儀に詳しく開眼導師と呼ばれたと言う。この寺には日本初の洋画家・百武兼行の墓所や洋画家・山口亮一の墓がある。(「佐賀市赤松校区 Theあかまつ/HP」より)

現第43世。本堂の前には、大きな大日如来が鎮座している。 この坐像は元禄16年1703の作である。 また、6-8月、境内には90種類100鉢の蓮の花が咲く。 なお、現在地の旧称は与賀町浄土寺小路である。()

ひとくちメモ

山門は寺の東西に2つある。 住職のお話によれば、現在は西側の山門を通って境内に入る事が多いが、昔は東側の山門が本来の山門で、本堂も東を向いて建っていたという。 同神社の社務の為であったという。 東側の山門の先の参道口のすぐ先は與賀神社境内である。

西側の境内には、巨大な大日如来像地蔵堂・多数の蓮の鉢がみられる。 (あいにく冬枯れの時期で花は見られなかった。残念。花は6-8月が見頃。) 東側の境内には山門仁王像虚空蔵菩薩像石庭などがみられる。 南側には山口亮一画伯の墓碑観音菩薩像などがある。ここにも多数の蓮の鉢がある。

、初めて参拝。 本堂前の蓮の鉢の多さに驚きながら、本堂前で念仏。 寺を出ようとすると、住職が外出から戻って来られ挨拶をすると、「本堂に上がられました?」と言われる。 作者:「いえ、本堂の前からお参りさせて頂きました」。 住職:「本堂にも上がって下さい」 と、いうことで本堂を開けてくださり、阿弥陀如来の前で念仏。 ご本尊に向かって最右翼に安置されている1100年前(佐賀大学の鑑定・昭和48年現在)の作という、観音菩薩像も眼前で拝ませて頂く。 その後、南側の境内・東側の山門など案内して頂いた。 本堂内で、住職のご母堂と思しき方よりお茶もごちそうになり、帰りにはお菓子も頂戴した。 感謝感謝である。

に寺の南側の壁画が完成。一見の十分価値あり。

蓮の花の写真はこちら。壁画の写真はこちら

壁画の写真

全長66m。全国的にもこの長さの壁画は珍しいものではなかろうか? 壁画は完成。作者は中国人画家の尹雨生(インウセイ)56歳(佐賀市)と川﨑光春氏75歳(白石町)。 壁画の中にフクロウ・達磨大師(?)が隠されている。じっくり鑑賞して見つけてください。

壁画は白い壁面に塗料で描かれている。当然、雨ざらし。年月が建てば薄れてゆくのだろう。 もったいない気がしてならない。←いたらんことかな?


蓮の写真

、蓮の花を見に再度参拝。 100種類超の蓮のため、満開のものもあり、盛を過ぎたものもあり、ツボミのものもある。 なんとなく、全て満開していることを期待していたが、考えてみれば種類が違えば盛の時期も異なるのは当たり前。 そのかわり、順番に長期間楽しめるメリットもある。 鉢の写真はメモ代わりに撮影したが、蓮の根本の写真も「あり」との判断で鉢の写真も併せて掲示します。

本堂内より和尚に声をかけて頂き、今回もお茶・団子をごちそうになった。感謝感謝。


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