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河上山神通密寺() 實相院(じっそういん) [実相院] ★★★ 真言宗御室派

歴史10 phrases

山門前の案内板の内容をそのまま記す。(段落の挿入、年号の西暦化は作者が行った。)

河上山實相院の由来

宗旨真言宗、本尊薬師如来。当山は今を去る1270年前行基菩薩が和銅5年712 岩屋山に神宮寺を開基されたのが實相院の始まりである。 それから380年後寛治元年1087比叡山より圓尋僧正が別所一帯を開墾し河上山神護寺實相院を建立した。 当時の境域は広漢数10町歩と記してある。

寛嘉2年1230貞暁法師が勅補座主になった。 貞暁座主は源頼朝公の四男である。

この頃より真言宗となり、實相院を中心に12坊の塔頭、七堂伽藍等が建立された。 その後観応2年1351ころ河上山神通寺實相院と改称され今日に至っている。

従来代々座主は河上山座主と称して與止日女(よどひめ)神社と共に神事佛事を管領する最高の地位で 統率者であった。

元亀元年1570大友宗麟によって神社佛閣悉く焼きつくされた。 龍造寺家の援助により元亀3年1572に見事に造営を遂げた。 これを機会に別所の地であった實相院を現在の地に移転した。 その後、鍋島家の信仰により次第に旧観に復した。 寛永元年1624から3年に建立された龍造寺家、鍋島家の祈願寺であった。

当山に伝わるお経会は圓尋僧正が寛治3年1089に如法堂を建て毎年4月10日より20日まで玉体安隠鎮護国家、 国土安泰平を祈り、又死者の冥福を祈念されたのが始まりである。

今より900年前より伝統の大法要で爾来一度も欠けた事がない。 文化財は仁王門を始め数々の文化財を保有する。

平成元年1月 大和町

伊藤氏メモ正式には神通密寺であるが、神通密寺の一院であった實相院が本寺を代表するかのような名で親しまれるようになった。 建歴元年1211に天台宗から真言宗に転派した。(『佐賀百寺巡拝』より)()

ひとくちメモ5 phrases

實相院は佐賀市内の北側の嘉瀬川のほとり、川上温泉峡の高台に伽藍を構えている。

仁王門をくぐり、参道を歩くと両脇には多数の石仏が鎮座する。 山門に続く石段脇の石垣はゆるいカーブを描いた独特のものである。

本堂・庫裏もかなりの年代もので見応え十分である。 本堂裏手にも無数といえるほどの石仏群が鎮座している。

表門の嘉瀬川側には、與止日女神社が鎮座している。 神社前の嘉瀬川には、4月中旬から5月初旬にかけて多数の鯉のぼりが飾られる。 休日にはその下に遊覧船が浮かぶ。この遊覧船は今はもう珍しい櫓櫂船(ろかいぶね)である。 清流に飾られる鯉のぼりと遊覧船。一見の価値があります。

参道口脇には、『白玉饅頭』ときわ家の本家が店を構えている。 写真はこちら

関連寺院6

情報1

最寄りの原発(玄海原子力発電所)よりの概算距離

45km

備考