お寺めぐりの友看板

PC版
[更新]

池上山 ()地福寺(じふくじ)[地福禅寺]☆☆☆臨済宗南禅寺派

歴史

伊藤氏メモ以下は、『佐賀百寺巡拝』による。

地福院清誉清浄賢居士[1](寛永4年(1627)没)を開基として建立。

寺号の地福寺については、江戸初期頃に武器商で財を成した佐賀城下の豪商中元家が新庄郷都留(佐賀市鍋島町)に独力で地福寺を建立したという記録があるというが、鍋島地区にはその寺号は残っていない。鍋島・大和地区とも嘉瀬川沿いにあり、何らかの理由による移転があったことも考えられる。

いずれにしろ、地名を冠した池上山の山号が示すとおり、現在の地福寺がこの一帯を代表する寺院であることは間違いない。()

佐賀新四国八十八ヶ所霊場第81番となっている。

当地区では130年以上続く民俗芸能、「池上浮立」が、家内安全や五穀豊穣を祈願し、毎年10月第2土曜日に、池上神社・当寺など地域の寺社4カ所に奉納される。地域住民が、笛や太鼓、鉦を鳴らし、踊りながら地区内を練り歩く。(佐賀新聞LIVEより)

ひとくちメモ

山門の両側には仁王像が立っている。 山門をくぐって左手には地蔵堂。すぐその先には「元禄7甲戌5月78日」銘の石灯籠がみられる。門柱のすぐ後ろには六地蔵塔が1基みられる。この六地蔵塔の龕部の形状は変則的で四角形である。 各面に1体・2体交互に地蔵菩薩が彫り出されている。

境内全般、管理が行き届いている。

池上神社

当社は地福寺の東側、徒歩1-2分程度の場所に鎮座している。 当社の由緒等は不詳。

上の記事でも述べたが、「池上浮立」が奉納される神社仏閣のひとつである。

鳥居は肥前鳥居がみられる。鳥居の柱に建立年の銘が刻まれているが、はっきりとは読み取れない。社殿前の明治20年(1887)銘の一対の狛犬の後ろに肥前型狛犬がみられる。片方はかなり痛みが進んでいる。 また、社殿に向かって左手奥には石塔群がみられる。この中には仏教系のものも含まれている。

以上のことから当社は地福寺の創建と同じかさらに前に創建されたものだろう。

周辺のスポット(4km以内)

周辺の寺院・仏教施設の検索は当ページの上部の「4km範囲寺院」のボタンをご利用下さい。


脚注

Top