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() 肥前国分尼寺跡(ひぜんこくぶにじあと) [法華滅罪之寺] 不詳

歴史

現地案内板の内容を下に記す。

肥前国分尼寺跡

天平年間729-749聖武天皇の勅願によって、ここ一帯に法華滅罪寺(ほっけめつざいのてら)を建立した。 寺域に金堂、講堂、僧房、塔等の伽藍配置を行いその広さは、1町108m四方で囲まれていた。 当時寺には、約10人の尼僧が国家安寧の祈願読経を行っていたと言われている。 その後、時代の変化に伴い衰退し明治時代には、ついに廃寺となった。 現在は、工場や住宅等に変わり昔の面影はない。

平成13年3月 大和町

ここより道沿いに300mほど東には、肥前国分寺があった。

ひとくちメモ

境内と思われる領域はかなり狭い。 道端に案内板・石塔・石仏・墓碑などが並べられているだけで、礎石など過去の遺構などは確認できない。

案内板の裏手に「不動山」「正覺寺」と刻まれた一対の門柱が倒れたまま放置されている。 ここからは推測であるが、この国分尼寺の衰退後ここにはこの「正覺寺」が出来てそれも近年廃寺となったのではなかろうか? 道端にある多数の墓碑に「當山中興住高城・・・」「碧深道■■元禅師」「享保151730」 などと刻まれたものが確認できる。 これらの墓標から推測するとその「正覺寺」は禅寺であったようである。

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