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太陽山(たいようざん) 玉林寺(ぎょくりんじ) [玉林禅寺] 曹洞宗

歴史

本堂脇の案内板の内容をそのまま記す。

太陽山 玉林寺曹洞宗 本尊薬師如来

後小松朝の永徳2年1382鑰尼信濃守季高の建立になり無着禅師の開山である。

後小松天皇より綸旨、 及び玉林禅寺の勅額を授けられ紫衣の道場として高僧への道の修行の場であったといわれ当時寺格高い寺であったことが想像できる。

しかし、室町時代の中頃戦火のため堂宇宝物ことごとく焼失した。

天文11年1542後奈良天皇は綸旨と勅賜玉林禅寺祈祷の二勅額を賜り、勅額はいまもなお仏殿に揚げられている。

鍋島藩になっても崇敬あつく敷地田畑を寄進し、国家安全一門繁栄の祈祷所として栄えた。

元文2年1737客殿、禅堂その他大半を焼失したが、まもなく客殿、禅堂は再建された。

南北朝の頃写経した大般若経600巻は寺宝とされている。

本堂前庭の観世音石仏は寛文3年1663二代藩主鍋島光茂公が、初代藩主勝茂公菩提のための寄進である。

昭和48年12月1日 大和町教育委員会

伊藤氏メモ当寺は、戦国時代までは、門派の禅寺が交代して住職を務める「輪住」で、そこまでで183世を数える。その後、一人の僧侶が長く住職を務める「独住」となり現第37世である。山門前、右手には石造りの多聞天が立つ。左側は、持国天のようである。本堂は老朽化が進み、平成23年に大改修が行われた。()

ひとくちメモ

玉林寺は川上温泉近くの丘の中腹に伽藍を構えている。

境内には、普段見慣れない石像が安置されていて見応えがある。 墓地入口の六地蔵は長崎街道牛津宿の近辺でよく見かけるタイプのものである。砥川石工の作ではなかろうか?

嘉瀬川もすぐそばにあり、川の向かいには実相院が伽藍を構えている。

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