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梅谷山()円光寺(えんこうじ)☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

『三瀬村誌』[宗教]第二章三瀬の仏教と民間信仰の項の一部を引用する。

梅谷山 円光寺

明治14年(1881)長崎県庁さしだしのものによれば、「元吉野山の麓字寺谷に在り、永禄中(1558-1570)神代勝利(くましろかつとし)此の寺に寓す、 開基不詳、寛永中(1624-1645)神代某を僧となり、了伝と号す。 寺を今の地に写し、称して開基となす。」 とある。 (まさ)しく寺谷[1]に寺趾あり、この地はもと背振山天台宗の末寺、梅渓寺であった。 中途他の諸寺と同じく禅宗曹洞派[2]に属していたのであるが、浄土真宗西本願寺派・神埼町の枝ヶ里真光寺[3]の配下にあったのであろう、 鍋島文庫『一向宗由緒』にその末寺として差し出されている。 『延覚寺文書』では、開基は龍永となっていて了伝は2世である。 (以下略)

『三瀬村誌』[宗教]第一章学校教育の項によれば、 三瀬村で最初に寺子屋を開いたのは第10世鉄谷誓鎧(せいがい)であったという。近隣の子弟に国学を指導。 その子達も幕末から明治初期にかけて近隣の子弟教育に貢献したという。

本堂前に「円光寺日曜学校」の看板が掲げられている。近隣子弟教育の精神が引き継がれているのではなかろうか?

ひとくちメモ

本堂の横幅は普段見るものに比べてかなり長い。 特筆すべきは、本堂の入口が正面の広い所ではなく、側面側にあることである。 窓枠などはアルミサッシが設置されているが、本堂の建物自体はかなりの年歴を経たもののようである。

石段脇には桜の大木あり。駐車場には梅の木多数あり。

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脚注

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