お寺めぐりの友

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光明山(こうみょうざん) 大覚寺(だいかくじ) 浄土宗

歴史

伊藤氏メモ開山天誉上人のため、慶長11年1606鍋島直茂の庇護の下、多久長信が大檀越となり、神野村の極楽寺を当地に引き移し、寺名を上人が賜った勅号の大覚寺に改めて創立したことが、寺の文書に記されている。

境内は伊勢町に参道を開き、四方を水路で囲まれた地に位置する。参道に架かる石橋は寛文12年1672に建造された県内最古の眼鏡橋で長さ4m・幅3m。全国的にも古い方から10番目前後とみられている。(「佐賀市HP/佐賀市都市景観重要建築物等」より)()

境内の案内板によれば、寺内には末代念仏授手印(まつだいねんぶつじゅしゅいん)木原隆忠の墓誌が所蔵されているという。 いずれも佐賀市重要文化財。

門前は、長崎街道佐賀城下である。

ひとくちメモ

寺の南側の参道口より山門をくぐり、石橋を渡って境内に入る。 山門脇には地蔵菩薩像、本堂前には石造り阿弥陀如来像・石塔などがみられる。 山門の内側の石橋が寛文12年に製造された「眼鏡橋」と思われる。寸法は実際は歴史の項で記されているものよりは小さい気がするが....。

庫裡前には白・ピンクのキョウチクトウの花がきれいに咲いていた。 この花の名を調べるのにYahoo知恵袋で質問をしたところpicolar_712様より下記の興味深いコメントを頂きました。

花、蜜、枝、葉、燃やした煙まであますところなく毒があります。 昔は土葬だったんで、寺には虫除けのためにシキミ、キョウチクトウ、ヒガンバナなど毒のある植物が植えられたらしいです。

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