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無量山() 阿弥陀寺(あみだじ) [未] 浄土宗

歴史

開基・開山は不詳。龍造寺家家臣の墓があり、天正6年1573以前の開寺と思われる。 北川副江上(当寺の東方約300m)の真言宗福満寺に残る『阿弥陀寺の寺歴』によると、「四里四方その境内地」とあることから、当寺は創建当時は真言宗に属していたと考えられる。 さらに福満寺の守護神は木原の日枝神社で、同社の代々神主一族は当寺に葬られているので、福満寺との関係の深さが分かる。

古文書類は少ないが、過去帳などから浄土宗への転派は慶長年間1596-1614と思われる。(『佐賀百寺巡拝』より)()

伊藤氏メモ龍造寺家臣による天正時代1573-1591以前の開基で、約500年前のことと思われる。 佐賀藩初代藩主鍋島勝茂に追腹殉死した韓国人洪浩然(こうこうぜん)の墓がある。 洪浩然は藩祖鍋島直茂が朝鮮出兵のとき、慶尚南道晋州で筆をかついで逃げる子供を見つけ、この子はきっと文学の才があると連れ帰った人物で、勝茂の学友となり、また側近となって800石の重職についた。 勝茂が江戸で亡くなったと聞いて、菩提寺の阿弥陀寺で追腹殉死し、異国人ながら立派な葉隠武士として称讃された。 昔は今宿川から舟で墓砂を揚げていたという。 東京海城学園(海軍兵学校の前身)の創始者・古賀喜三郎海軍大佐の墓もある。(『わが郷土北川副町の歴史』より)()

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