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()天山神社上宮(てんざんじんじゃうえみや)[肥前國三之宮・天河弁財天元宮]☆☆☆神道

歴史

天山神社厳木町広瀬下社境内の案内板(平成13年(2001)11月吉日 奉納 氏子一同)に下記のように記されている。

(前略)「抑々(そもそも)41代持統天皇(645-703)の御代、異国人、鎮西対馬に来泊して、(まさ)に異国の風俗を拡めんとす。(より)(ここ)に参議藤原安弘勅命を蒙りて之を退治す。 時に天皇其の功を賞して晴気の里を賜ふ。 民人安弘の徳を慕ひて集り来りて、天山下に住む。 是に於いて天御中主命を天山の頂上に祀りて、庶民擁護と為し、五穀豊穣を祈れり。 年ありて(しか)る後、文武天皇の大宝元年辛丑歳(701)11月15日、 白雲天山を覆ひ、散じて本山・広瀬・岩蔵の上に至り留る。 是に()りて、安弘、又、天御中主命を此の三地に勧請して以て天山大明神と言へり。 其頂に存るを上の宮と号し、其の下に存るを下の宮と号す」原文[1]の通り。

即ち当天山神社に、現在、上・中・下宮よりなり、 天山頂上に近き池の辺に享保5年(1720)に奉建された石祠の上宮があり、小城町川内分校付近に巨石を神体とする中宮[2]があり、更に小城町晴気岩蔵と厳木町広瀬の3ヶ所に下宮がある。(以下略)

ひとくちメモ

天山上宮登山口の駐車場に念仏4号(バイク)を駐めて、さて「上宮」はどこかいな? とうろつく。我がスマホのナビ通りに進んでも発見できず。 (ちなみに、我がスマホはここでは3Gの電波しか拾えない。3Gがこんなに遅かったのかと今更思う。) 駐車場には、数台の登山者のものと思しき車が駐車しているが人は居ない。 しばらく、駐車場からの絶景を眺めて「誰か来んかいな?」と待っていると、一台登山者の車が登って来た。その方に教えて頂いた。場所は登山口から至近距離。

登山口から上ると30mほどの所に一の鳥居、そのすぐ先にニの鳥居。 その先に上宮が鎮座していた。

中央の大きな石祠内には四角い石が祀られている。これが御神体のようだ。 石祠に向って左手に宇賀神(顔は人間、首から下は蛇。弁財天の化身といわれる)が祀られている。 石祠の前には神池も見られる。

境内は木々に覆われ昼間でも薄暗い。お参りしていると、近くから動物の(うな)り声のような音が時々する。その度にその方向を見るが何も居ない。居るとすればイノシシ。 お参りもそこそこ。退散。

当駐車場に着く直前でイノシシと遭遇。少し怖い思いをした。そのショックが頭に残っていた。 落ち着いて考えて見ると、風で木(竹かも)が揺れて、こすり合った音だったようだ。 イノシシとの遭遇については、当ページの下部に記事を書きます。

上宮の下手にはトイレもあります。 登山口の脇には中林悟竹揮毫の登山口の「鎮国之山」銅碑がある。

登山口の「鎮国之山」銅碑

小城市出身の書家中林梧竹は、明治31年(1889)72歳のときに、自身が書いた書「鎮國之山」を陽刻した銅碑を富士山頂に建立した。

その後、厳しい環境と度重なる落雷によって銅碑は破損し倒れてしまっていたが、 昭和42年(1967)、カルピスの創始者三島海雲氏によって、山頂の富士山本宮浅間大社奥宮の鳥居脇に再建された。

再建の同時期に鋳造された碑を、平成26年(2014)、小城市が譲り受け、中林梧竹のふるさと小城を見渡せる天山8合目に設置した。(以上 銅碑脇の案内板(平成26年(2014) 小城市教育委員会)より)

銅碑を手で軽く叩くと、中空であることがわかる。かなり厚めの銅板で造られているようだ。

イノシシとの遭遇

天山神社の参拝を終え、当日のメインテーマの当社を目指す。 方向音痴の作者はナビだより。 ナビに従って舗装はされているが両サイドは木々で覆われた坂道を登る。全コース1車線。 やっとこさ登山口に到着と思いきや、上宮から真反対(北側)の駐車場に到着していた。 駐車場に車を駐めて登頂の準備中の方に聞いてそれに気づく。 ナビの設定誤り。最近、年のせいかよくやらかす。

思い直して、再度ナビを設定。真反対の南側の登山口を目指す。 道は舗装はされてはいるものの、落ち葉で覆われた部分が多く、スリップ転倒が怖い。 ほぼローギアで前進(30km/h)。 南側の登山口に近づいた所で、前方でイノシシの子が3頭、道を横切る。 が、そのうちの1頭が何故か作者の進行方向に向って逃げる。 子イノシシを作者が追いかけている図。

子が居るという事は、母イノシシも近くに居るはず。 ひょっとして怒った母イノシシが我がバイクの後から追いかけてきているのではないか? 転倒を恐れ、スピードアップはできない。道は木々で囲まれ薄暗く、バックミラーでは良く見えない。 母イノシシに突進・追突され転倒するか、スピードアップしてスリップ転倒するか。。。 いずれも転倒には変わりないが、前者を選択してローギアのまま前進。

50mほど進むと、子イノシシは脇の茂みに逃げ込んだ。 その後もしばらくは、まだ母イノシシが後に居るのではないかと思いながら前進した。 幸い取り越し苦労で済んだようだ。ラッキー。

佐賀県の行政の考え方か、財政が裕福なのかは分からないが、県内の道は山中でも良く整備されている。 天山の山中もしかり。 ただ、当上宮周辺は道路が狭い。バイク・車に関わらず、スリップ・脱輪などのリスクは高い。 人気(ひとけ)も少ないので単独行は避けるべき。 ご用心。

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脚注

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