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雲海山() 岩蔵寺(がんぞうじ) 天台宗

歴史

境内の案内板の内容を下記に記す。

雲海山岩蔵寺

岩蔵寺は由来記によると、 延暦22年803、桓武天皇の勅命により比叡山西谷の聖命上人が下向して創建したと伝える。 宗派天台宗である。 岩蔵寺の創建によってこれまでこの地一帯を高隈の里と称していたが寺名に因んで岩蔵と改称したという。

その後一時衰退したが、 建久3年1192に後鳥羽上皇の勅命により葉上僧正栄西[1]が延暦寺より下向して 岩蔵寺を再興したという。 この時に清水山見瀧寺などと共に、 比叡山の横川、東塔、西塔をまねて「三塔千坊」の規模で再興された。 三塔としては東塔に岩蔵寺、西塔に花園、横川に清水山をおいたとする。 花園の位置がはっきりしない。 岩蔵寺に三寺として浄土寺、東楽寺、如法寺があった。 浄土寺においては如法経会が行われた。 寺僧が法会を行い、多久の桐野山の衆徒が音楽を担当したという。 また、曽我兄弟の郎党である鬼王・駄三郎も虎御前(大磯の虎)とともに参会して曽我兄弟の菩提を弔ったという。 弔っているとき祐成、時致の霊があらわれて座したという「殿の腰掛石」の伝説もある。

戦国時代の動乱期に岩蔵寺は兵火で焼け荒廃したが、鍋島直茂によって天正18年1590再興され、 江戸時代には小城藩の祈願所となっている。 また、小城藩士の集会は必ずこの寺で行われたという。

平成4年3月 小城町教育委員会

ひとくちメモ

門前には天山に源を発する祇園川の清流が流れている。 山門をくぐるとイチョウの大木がひときわ目につく。 本堂周囲は多数の石仏が鎮座している。 その中には佐賀ではおなじみの六地蔵塔もみられる。

岩蔵寺の前には岩倉天山神社が鎮座。 門前の祇園川の対岸には 天山酒造がある。

川の水・きれいな空気。自然を満喫できる場所である。

岩倉天山神社

岩倉天山神社は岩蔵寺の前に鎮座している。 本殿には鍋島家家紋「杏葉」が掲げられている。 案内板によれば、鍋島家ゆかりの神社とのこと。 一の鳥居は寛文5年1665鍋島直能、ニの鳥居は慶長17年1612直茂、勝茂、元茂により寄進されたものという。 一の鳥居は残念がなら新しいものと取り替えられている。ニの鳥居はおそらく当時のままでどっしりとした肥前型鳥居である。

一の鳥居脇には「水車小屋盛業時跡」の石碑が建っている。 碑文によれば、電気が普及する前はこの地区では100余の水車小屋があり、精米・製粉が盛んであったという。


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脚注

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