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龍門山(りゅうもんざん) 宝光院(ほうこういん) [寶光院] 真言宗大覚寺派

歴史

伊藤氏メモ江戸時代初期のこと、当地には流行病が蔓延し、また、たびたびの天災に悩まされていた。鍋島藩主の祈願僧であった智乗和尚が十一面観世音に祈願すると、たちまち平穏になったという。和尚は黒髪山を下りて当地に宝光院を建立、修験の寺として隆盛した。

明治の廃仏毀釈と修験道禁止令で衰微。永い間荒廃していたが、昭和43年1968に祥文師が入山して本堂を修築、さらに昭和47年1972に増築している。

本堂は入母屋造で、本尊の十一面観世音などが安置されている。また、本堂の右側にはもう一つお堂が棟続きで建てられているが、こちらは大師堂である。

昭和49年1974のこと、宝満山の大日寺に奉安されていた弘法大師坐像が、故あって安置場所を探していた。太宰府の東に位置する宝満山は九州を代表する修験道の山の一つで、中世から近世を通して大いに隆盛したが、明治の修験道禁止令で廃絶した。大日寺の弘法大師坐像も、明治の混乱期に流出したものであったのであろう。この話を聞いた祥文師は、さっそく当寺にこの大師像を迎えた。当時は本堂内に仮安置していたが、昭和51年1976に大師堂を建立した。(『九州八十八所巡礼』より)()

本尊は十一面観世音(秘仏)という。

ひとくちメモ

石段を登り境内に入る。境内には水子堂、ぼけ封じ観音、本堂、観音堂などがみられる。 門前は広大な田園地帯である。

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