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洗心山()因通寺(いんつうじ)☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

明応4年1495に創建。現本堂は昭和30年1955に再建。山門は木造切妻作り4脚門で明治22年1889頃の建立。(Linksのページより)

伊藤氏メモ昭和天皇は、敗戦で疲弊した各地の国民を励ますために、昭和21年1946の神奈川県を皮切りに昭和29年の北海道まで、足かけ8年半にかけて全国巡幸を行われた。全行程は3万3000km、総日数は165日に及んだ。

佐賀県での第一番の行幸地が昭和24年19495月24日の「因通寺洗心寮」であった。「因通寺洗心寮」とは、因通寺が境内に作った戦争被災児救護教養所で、そのとき、満州からの引き揚げ孤児と戦災孤児40余名が収容されていた。

この寺と昭和天皇はあるご縁があった。 因通寺は、戦時中に亡くなった第15世住職の恒願院和上が、昭和13年1938に皇后陛下が戦死者に対して詠まれた歌を大きな幟にして、それを百万人の女性たちの手で歌を刺繍して天皇陛下と皇后陛下の御許に奉じ奉ろうとしていたのである。 陛下もこのことにいたく喜ばれ、皇后陛下はすぐに針をおとりになって、御みずからこの大幟に一針を刺繍してくださったという経緯があった。そのご縁もあって、昭和天皇のご意向から、因通寺のご訪問が決定したものであった。

佐賀行幸を終え宮中にお帰りになられた昭和天皇は、このときの訪問のことをこう詠まれた。 「みほとけの教へまもりてすくすくと生い育つべき子らに幸あれ」。この御製(ぎょせい)は因通寺の梵鐘に刻まれている。

『天皇さまが泣いてござった』などより)()

境内に見真幼稚園を併設している。

ひとくちメモ

県道300号線沿いに、因通寺の看板がある。そこが参道口。 そこより100mほどで小川に掛けられた「因通寺橋(行幸橋)」を渡る。 ここからはだらだら坂。右手に洗心寮への入口、左手に「昭和天皇行幸記念碑」を見て、さらに100mほど登ると山門前の石段の下にたどり着く。石段を登り山門をくぐって境内に入る。 さらに、この坂をそのまま登ると見真幼稚園があるようだ。

正面にある本堂は白亜のインド風建物である。 山門をくぐってすぐ左手の崖の途中には鐘楼がある。

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