伊藤氏メモ元和2年(1616)の創建ではないかと思われるが、不詳である。 現第21世。 元々は玄海灘の加唐島(唐津市)にあったらしいともいう。(2017-07-16)
境内には、天正7年卯巳(1579)11月吉日銘の二層型六地蔵塔がある (詳しくは本ページの最下部参照)。 この六地蔵塔は保存状態がかなり良い。 また、山門から本堂に通じる石畳がイナズマ状に折れ曲がっている。 印象的である。
地蔵塔脇の案内板の内容をそのまま記載する。
太洋寺の六地蔵塔(市指定重要有形民俗文化財)
この六地蔵塔は総高1.72mの灯籠型の石で、 その形式は上から笠石、龕部、蓮台、幢身の4部で構成されています。 龕部には上下2段のうち上段に六観音、下段に六地蔵、計12体の仏像(菩薩)が彫り出してあります。
また、幢身には次のような銘文が見られます。
[右側面]施主吉田対馬守
[正 面]奉逆修六体観音六体地蔵一本
[左側面]干時 天正7年卯巳(1579)11月吉日この六地蔵塔は、唐津市内で現存するものの中で最も古い紀年銘(1579年)がありますが、保存状態は良好です。
元は主水町(十人町の東隣)の龍福寺の本堂前にあったものを、同寺の寺運衰微により現在の場所に昭和38年に移動されたという。
六地蔵塔は長崎街道牛津宿周辺にかなり分布している。 これは砥川石工集団によるものである。 その砥川石工は唐津市の西隣の値賀川内(現佐賀県東松浦郡玄海町)の石工のルーツと言われている。 太洋寺内にある六地蔵塔がこの値賀川内石工集団によるものの可能性はあるが作者は詳しいことは知らない。
砥川石工、値賀川内石工については、砥川石工ゆかりのお寺|分類を参照のこと。
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