お寺めぐりの友

PC版

祝融山(しゅくゆうざん)松雲寺(しょううんじ)[松雲禅寺]☆☆☆臨済宗妙心寺派

歴史

永禄4年1561、満島(現唐津城)に雪渓禅師が開創。 天正2年1574兵火により焼失。 慶長元年1596、初代唐津藩主寺沢志摩守広高が、唐津城築城の為現在地に移転。

寛文11年1661、唐津2代藩主大久保加賀守忠職が、 京都龍安寺堤山禅師を迎請して住持せしめ、当山の中興開祖となる。 大正元年1912、本堂改築。昭和54年1979、再建という。(ホームページより)

伊藤氏メモ境内にある一字一石塔の前には、次のような由来の説明板が立っている。()

今から約200年ほど前、悪疫が蔓延し家々で罹らぬ者はなく、死者が続出し、お寺は連日葬儀等で忙殺され、町も田舎も寄ると触るとその話で持ち切り、人々は不安に怯え、また色々と流言さえ乱れ飛ぶ始末であった。

その頃、当寺には京都からの或る客僧が滞在していたが、容易ならぬ世相を感知し一念発願して悪疫退散等のために一字一石の願を立て、斎戒沐浴と九拝の礼を以って書き納めたという。 当寺の一字一石は白い小石一つ一つに経文を一字ずつ書いて納めたもので、文政5年1822、 寺総代がその供養塔を寄進したものである。無病息災祈願の参拝者が絶えなかったという。

ひとくちメモ

寺は住宅街の中にある。 周辺の道は入り組んでいる。 山門をくぐると右手に休憩所と思しき建物、その裏手にお堂がある。 お堂の内部には観音像・弘法大師像・地蔵像・キューピー人形などが安置されている。 その脇には大きな地蔵菩薩の半跏像があり、さらにその脇には多数の石仏が安置されている。 手入れの行き届いた通路を進むと正面に本堂がある。 建物は近年に改築されたのであろう、コンクリート製である。

境内には他には鐘楼・文政5年1822に寄進されたという一字一石塔などがある。

周辺のスポット(4km以内)


Top