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廓然山無生院()西福寺(さいふくじ)☆☆☆浄土宗

歴史

『浜玉町史』 によれば、下記の通りである。

所在地:浜崎浦。 山号:廓然山無生院、浄土宗鎮西派。

大永年中(1521-1527)、源重朝(入道後、眞海と名乗る。永禄10(1567)寂)が、 恵心僧都作の阿弥陀如来1体を請来して奉祀。 慶長14年(1609)、廓然山無生院西福寺と公称。 知恩院末となる。

宝暦13年(1763)、寛政3年(1791)、類焼の災を蒙る。 寛政年中(1789-1800)に再建。

明治40年(1907)、仏間46坪余りを新築。内陣・須弥壇・欄間を改修して極彩色を施す。

[別記]秀吉が征韓の時、名護屋に行く途中に当寺に駕籠を寄せ参拝したという。 寺沢志摩守に指示して黄金を寄進。 その後、志摩守より「門前ヨリ後波打際ニ至ル境内千坪」も寄進されたという。

現住職は第17世。

ひとくちメモ

西福寺は唐津街道浜崎宿の中に伽藍を構えている。 狭い参道を進み、山門をくぐると広い境内である。 境内には、観音堂、石塔、地蔵像などを観ることができる。 庫裡の壁には天女の像があしらわれている。 先代住職の発案という。

ひときわ目立つのが本堂前の(えのき)と思しき大木。 本堂の屋根の高さをゆうに超えている。 住職のお母様のお話によれば、浜崎港から沖に漁に出た船は、港に戻る時にこの木を目印にしていたという。

境内を散策していると、住職がワンちゃんを連れて来られ、 西福寺の歴史、浜崎宿の昔の繁栄の様子など話をして下さった。感謝感謝である。

表通りに面した参道口は間口2m前後。かなり狭い。わかりづらいのでご注意ください。 作者は気が付かずお参りするのにその前を何度か行き来した。

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