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池福山() 広沢寺(こうたくじ) [廣澤寺・広沢禅寺] 曹洞宗

歴史

Linksのページによれば、慶長2年1597、豊臣秀吉の創建。 寺号「広沢」は、秀吉の側室、広沢局(ひろさわのつぼね)にちなんだものという。広沢局は松浦一の美女と言われた名護屋越前守の妹・広子。 境内の大ソテツは秀吉お手植えのものといわれている(国の天然記念物)。

この一帯は「山里丸」と言われる名古屋城の一画である。 秀吉の朝鮮出兵当時、秀吉の居住空間があり、寺の裏手には茶室、東側には茶屋・能舞台などがあったという。 (『肥前名護屋城と「天下人」秀吉の城』(佐賀県立名護屋博物館、2009年)などより)

ひとくちメモ

参道口は石段となっている。典型的な枡形虎口(ますがたこぐち)形状である。 この石段・石垣は築城当時のままのようである。 その石段を登って平坦面(本堂域)に出る。 本堂前には一対のビャクシンの巨木がある。

本堂の向って右手は庭園となっている。 庭園内に秀吉お手植えのソテツ・石塔などがある。 庭園の一番奥には秀吉の遺髪塚がある。

本堂前(東側)は空き地となっており、山手(本丸側)の土手には多数の墓碑がある。 ざっと確認したが元禄銘のものもある。この墓碑の中のどれかが広沢局の墓碑であろう。

※庭園の拝観料は強制ではないようであるが、入口に料金箱が設置されている。 庭園管理などの為に多少の志しをお願いしたい。

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