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芙蓉山() 医王寺(いおうじ) [医王禅寺] ★★★ 曹洞宗

歴史

Linksのページによれば、 永徳3年1383秋、 松浦党上松浦の党主で岸岳城主波多安房守源武が、道元禅師第七世の法孫、無着妙融大和尚(真空禅師)を開山として迎え建立。 波多家の全盛時には、寺領450石、1里四方を境内とし、安居の修行僧1000人を数え、 曹洞宗九州3ケ寺(無着派の三本山、医王寺、肥前大和の玉林寺豊後国東の泉福寺)の一つといわれた、末寺39ケ寺を持つ巨刹であった。 現第41世。

現存する開山堂の建物(本堂横にあり)に往古、鎌倉末から室町初めの建築様式を見ることができる。 現在の本堂、庫院は安永1772-1780の頃の建物という。

医王寺には、佐賀県重要文化財が安置されている。 下に案内板の内容をそのまま記す。

肥前鐘1口<工芸品>(昭和36年3月24日指定)

この鐘は、南北朝時代の永和2年1376に鋳造されたもので、その姿は独特の優美さがあり、細部にわたり最も完成された鐘である。

「肥前鐘」とは、 鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて肥前国上松浦山下庄で鋳造された銅鐘であるところからその名がある。 竜頭の形に外の鐘に見ない特色があり、その部分を同一手法で鋳造した鐘が現在全国で6口判明しており、 本鐘はそのなかの1つである、 これら同種の鐘の存在は、肥前山下庄が当代九州における鋳物師の本拠地の1つとして繁栄したことを物語っている。

(総高 83.2cm,口径 49.5cm)

木造薬師如来立像1体<彫刻>(昭和58年3月22日指定)

この像は、左手に薬壷(やっこ)を執り蓮華座上に足をそろえて立つ薬師如来像である。 肩幅の広い堂々とした体躯をしており、螺髪(らほつ)は荒く切りつけ目は彫眼、 ヒノキ材の1本造りである。 股間に流れる衣紋線のしつらえは古風であるが、簡素な彫法をとどめている。 このような平安時代前期と後期の特徴を併せ持つ彫像は、平安時代中頃の造立と考えられる、 九州北部に見る仏師の作例として貴重である。

(像高 136cm)

ひとくちメモ

医王寺は唐津市南部の陣の山の西側山裾に伽藍を構えている。 参道口から坂道となった舗装された広い参道を400mほど登ると伽藍が見えてくる。 参道にはブルー系のアジサイが植えられ参拝者の目を和ませてくれる。

山門前の杉の巨木は圧巻である。

本堂裏手には庭園があり、池には鯉が泳ぐ。また、庭園はツツジがベースのようでその時期にはさぞ綺麗な景色がみられることであろう。

お参りしたときにちょうど地元の方々が境内の整備作業をされておられた。 参道から、境内に至るまで禅宗の寺院らしくキチッと清掃されており、身の引き締まる思いであった。

地名の「相知」は「おうち」と読む。

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