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名護也山()大乗寺(だいじょうじ)★☆☆日蓮宗

歴史

本堂前の案内板の内容を下に記す。

名護也山 大乗寺縁起

当山は慶長年間、太閤秀吉による朝鮮遠征(文禄・慶長の役1592-1598)の時、 加藤清正公が肥前国松浦郡名護屋(現在の佐賀県唐津市鎮西町名護屋)の陣中に祈祷所を設け、 京都大本山本圀寺より受潤院日儀上人を請じて敵国降伏の祈念をさせた。

そして、清正公朝鮮より凱旋の後、戦死者の追善供養の為、一宇の堂を建立したのが始まりである。

清正公より山号「名護也山」、寺号「大乗寺」を賜い、 日儀上人を開山とし、清正公を開基とする。

清正公よりその証として「題目旗(南無妙法蓮華経と染められた軍旗)」と、陣中に於いて書かれた「軍令状(真筆)」 「武具」等を日儀上人に委嘱し、永く当山の寺宝として伝えている。

『唐津市史』によれば、 大久保加賀守(大久保忠朝1632-1712、唐津藩主)の墓が和多田にできたときの墓守として寿因坊が置かれ、高20石を賜っていた。 この寿因坊が大乗寺に合併されたものと思われるが、寺には記録が無いので確かな事は不明。 本尊は十界曼荼羅に題目ならびに、仏菩薩を木像にしたもの。 正面の唐門は旧藩時代の志道館(佐賀県立唐津東中学校・高等学校の前身)の門を移したものという。

ひとくちメモ

境内には本堂の他、加藤清正像、浄行菩薩堂、手水舎、石塔、石仏が多数の木々に囲まれて所狭しと立ち並んでいる。

伊藤氏メモ境内には、「水洗いの浄行菩薩(じょうぎょうぼさつ)」が祀られており、次のような案内が掲示されている。()

心と身体の痛みや穢れを龍水で流していただけます。身体の痛む所をタワシでさすり南無妙法蓮華経を唱えてください。   

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