お寺めぐりの友

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() 赤水観音(あかみずかんのん) 不詳

歴史5 phrases

門前の船繋石脇の案内板の内容をそのまま記載する。

船繋石(ふなつなぎいし)

その昔、神功皇后が三韓に兵船をととのえて出兵された時、 この石に船をつながれたと言う伝えもあるが、 宣化天皇2年537、朝鮮半島に動乱がおき、任那(にな)を救うため勅命により 大伴狭手彦(おおともさでひこ)はこの松浦の地に来て外征の準備をした。 そのおり松浦の長者の娘、佐用姫と恋を語り合う仲となった。 やがて外征に向う狭手彦を鏡山で領布(ひれ)を振って見送った姫は別れのつらさに耐えきれず後を追い呼子の浦の加部島に辿りつきついに石になったという。

松原の沖行く舩をかえれとか ひれふらしけんまつら佐用姫

佐用姫の死を知った狭手彦はこの地に立寄り堂を建て金銅観音菩薩を安置して姫の菩提を弔った。 当時この辺は海岸でこの石に舩を繋いだと伝えられ狭手彦持参の観音像を祀る赤水観音堂はすぐ真上にあり四六時こんこんと真水が湧き出るので閼伽(あか)の水佛前に供える浄水の出る地とて赤水と呼ぶようになった。

観音像は室町期の永和9年1375、僧宗祐(そうゆう)により恵日寺と言う寺院に遷され秘佛として現在の恵日寺に祀られている。 以来この石は湧き出る清水とともに佐用姫物語ゆかりの遺跡として祭られて来た。

行く舩を振り留めかね如何ばかり 恋しくありけむ松浦佐よ姫

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ひとくちメモ2 phrases

参道口は鏡山の麓にある。その脇には船繋石と案内板・観音像などが観られる。 国道202号線の南側の県道40号線沿線である。 その門柱の先の石段を登ると、鏡神社の参道に出る。 参道を横切ると更に石段があり、そこを登ると境内である。 参道口から境内までは昔は道がつながっていたようである。

観音堂内には金色の観音像が安置されている。 屋根には樹木がかぶさり、境内・観音堂はかなり荒れているのが気がかりである。

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