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()谷山薬師(たにやまやくし)☆☆☆天台宗

歴史

境内の石碑の内容を下に記す。

薬師堂の由来

(前略)元禄4年(1691)小川内地区[1]に流行病が発生した際、東光寺[2](背振山中宮霊仙寺塔頭東福院の隠居寺)の長賀法印が、この地に薬師如来[3]を安置し、病気平癒を祈願したという。以来、東光寺の本尊として護り継がれてきたが、五ケ山ダム建設[4]に伴い、東光寺は移転を余儀なくされた為、平成27年(2015)背振山下宮の積翠寺修学院に、薬師堂として新たに堂宇を建立し遷座し賜う。

東光寺第十五世□[5]順記此

薬師堂内に置かれた「『谷山薬師』伝教大師謹刻尊像」と題する印刷物に 「延暦(782-806)年中、伝教大師唐渡最初、登山の時乙護善神示現して入唐随順の諾あり。種々の霊験を示す帰朝の後、顕密弘通の為、中宮[6]に講堂、龍樹堂並乙天の宮殿を建立し、薬師如来の尊像を彫刻して下宮[7]に安置し玉う。是を谷山薬師と云い今猶諸人に信仰さるる石仏なり。(寺院沿革史より)」[8]とある。

「谷山薬師」は「石仏」とある。 当薬師堂に祀られた薬師如来像はどう見ても石仏には見えない。 となると、御堂に祀られている薬師如来は谷山薬師ではないことになる。 一方、御堂のまわりには「谷山薬師」の幟旗が多数立てられている。 どこかに石仏の谷山薬師が祀られているのかも知れない。 それとも、御堂内にこの石造りの薬師如来が祀られており、作者が気づかなかっただけかも知れない。

電話番号は修学院のものです。

ひとくちメモ

薬師堂は修学院境内の本堂域より一段下の場所にある。

祀られている薬師如来は綺麗に彩色(おそらく修復)され、まるで開眼直後のようである。 薬師堂も新築間もない為、木の香がただようようだ。

御堂に向って左手は修学院の駐車場となっている。

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脚注

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