お寺めぐりの友

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虬谷山(きゅうこくざん) 円楽寺(えんらくじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

伊藤氏メモ関ヶ原の戦い(1600年)の後、ある武家の総領が空き寺に入ったのが当寺の始まり。 寺自体は、駅ケ里の地にあった建物を移転してきたものという。 本堂の外観はそうでもないが、使われている柱などは相当古いもの。 住職は現在で、18世から20世ぐらいになるのではないかという。

旧長崎街道に面した山門前には「多門速明の墓」の表示案内がある。 多門速明は円楽寺住職であった明治19年1886に、本願寺の海外布教の先駆としてウラジオストクに派遣され、その後のウラジオストク本願寺の創建につなげた。 彼はこの地で亡くなり、ウラジオストク市の北郊山麓の日本人墓地に「弘誓院釈速明法師」と刻まれた長方形の石塔が立ち、また彼の命日を「多門忌」と呼び、毎年法要を営んでいたという。(『大谷光瑞の研究―アジア広域における諸活動 』より)()

ひとくちメモ

コンパクトな境内である。 本堂前には覆屋で保護された立派な墓碑が2基。 本堂に向って右手のイチョウの木は良い樹形をしている。

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