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神林山(じんりんざん)明善寺(みょうぜんじ)☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

伊藤氏メモ現第14世。以下は、門前に掲げられた由緒書による。()

明善寺開基・明善は、出家前は大村井石城主であった。天正末期(1590年頃)明善は仏門に入り、大里村の有田川右岸に庵を開いた。この庵に子の了善を赴かせ明善寺を開山させた。

寛永17年(1640)本山西本願寺から正式に寺号が認められた。 第5世賢應は中興の祖といわれ、高僧で佐賀藩2代藩主鍋島光茂と親交があった。 その後、寛政3年(1791)第7世のとき、現在地に移転した。

明善寺の西側の山門前は唐津街道である。

ひとくちメモ

伊藤氏メモ山門入って左側にある鐘楼は、土台部は近年の石垣造であるが、その上の本体部は木造のかなり歴史を感じるものである。 寺前の新田川に架かる橋は明善寺橋と名付けられている。字地名としての「明善寺」にちなんだもののようである。()

当寺の山門は本堂の正面(東側)にあるもののようだが、西側にも山門があり、そこから200mほど西側に民家の間の道を登った所にも古い山門がある。その山門前は唐津街道である。 そこにも山門があるということは、昔の寺域は現在の数倍あったのかも知れない。

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