お寺めぐりの友

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() 箕ノ観音(みのかんのん) [未] 不詳

歴史

山腹にある大きな岸壁に、箕(農具)[1]の形に掘って祭壇をつくり、観音像を祀っている。

記録によれば、勧請は文政5年1882施主「いさほか2名」。石工は「戸川石衛文造、川西丈衛門」[2]となっている。当時は医療も充分ではなく、疫病が各地に流行したため疫病をくい止め、疫病から身を護るための祈願と病で亡くなった人たちの供養のため建立されたと言われている。

この地区の住民(全て「小嶋」姓)は南北朝時代、肥後の菊池氏に仕え、弘和元年1381菊池氏落城に伴い肥前国杵島郡富岡(武雄町)に住み着き、後にここ(松浦郡牟田村中木場)に移り住んだと伝えられている。(以上 境内の案内板(黒川町ふるさと研究会)より)

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。

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脚注

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