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龍雲山() 興禅院(こうぜんいん) 曹洞宗

歴史

伊藤氏メモ建徳元年1370真空無著(むちゃく)禅師が鶴見山東麓会下に開創。文明5年1473現在地に移転。 一時はキリシタン教会堂があったが島津軍により破壊され、現在は小さな「塔」が残されている。

慶長の大地震(1596年慶長豊後地震)により伽藍ことごとく崩壊したが、石垣原の合戦後、当時由布院を支配した細川忠興の命により、慶長5年1600再建された。今でも、山門の瓦には細川家の家紋があしらわれている。全盛時代には、由布院内に末寺が29あったという。 現第39世。

耶馬溪「青の洞門」を完成させた菊池寛の歴史小説「恩讐の彼方に」の主人公禅海の得度の寺として知られている。

山門両脇には仁王像があるが、木造ではなく石造りであるのが珍しい。また、観光客・町内外の方々に親しまれている ぼけ封じ観音像をはじめ、 禅海・お弓の像十三仏子安観音像十六羅漢観世音菩薩キリシタンの墓六地蔵カーンの板碑馬頭観音像 など見どころ多々の歴史を感じる古刹である。

『ゆふいん寺院マップ』などより)()

ひとくちメモ

寺の西側には大分川(おおいたがわ)の清流が流れている。 この川は由布岳の西側麓に始まるという。 南側にはその支流鳴子谷川が流れている。 鳴小谷川には興禅院橋が架かっており、そこを渡って境内に入る。 境内には、上の伊藤氏メモに記されている佛・石塔が多数ある。 本堂前には、クルミの大木があり。季節柄クルミの実が木の下に散乱していた。 山門をくぐって本堂に至る参道の両脇には多数のアジサイの株が植えられている。 由布市の中では名刹の一つである。

JR由布院駅より、道なりの距離で1km足らず。徒歩15分程度か? 駅からの道は平坦である。

山門脇には、仁王の石像が立っていたようであるが、2016年の大分県中部地震の影響であろうか、 足首の所で折れて、本体は修復中なのであろうかその場にはなかった。 また、鐘楼も補強され、主のいない台座も見かけた。 一日も早い復興をお祈りします。

伊藤氏メモ平成28年20164月16日の大分中部地震の影響で、山門脇の古く赤い仁王像(一対2体)は倒壊し、撤去されていましたが、 平成29年11月に山門のやや前方に新しい仁王像一対が建立されています。 新しい仁王像は白色です。 以前仁王像が立っていた場所(山門右側の方の分)には、「仁王像再建之碑」が設置されています。 なお、以前の古く赤い仁王像は、本堂西裏の方にある歴代和尚墓の入口部に、下半身(下1/3)を地下に埋められ、上半身(上2/3)を地表に出した形で建っています(以前の古く赤い仁王像は、両足首部分から折れて倒壊したもの)。()

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