お寺めぐりの友

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興雲山(こううんざん) 海岸寺(かいがんじ) [未] 真言宗醍醐派

歴史

伊藤氏メモ臼杵にいた修験者の善性院が、延宝6年1678西九ノ助の屋敷に寺院を建立した。当時は寂光院と称しており、この場所には現在、境外仏堂として西丸観音堂が建っている。元禄15年1702現在地にあたる弁指善六の屋敷に移転、享保11年1726に本堂が建立された。寛政元年1789に臼杵藩の祈願寺となり、藩主やその一族が参詣し隆盛していた。海岸寺に改名したのはこの頃のようである。明治期に廃仏毀釈で衰微したが、大正期以降に復興した。

凝った造りの鐘楼門を入り、正面にあるのは護摩堂である。境内左側にある本堂は大正10年1921の再建。本堂に向かい合って、東南アジアの仏教建築を思わせる堂宇がある。その堂宇の頂上には弘法大師像が座している。

護摩堂の左手の庭の中に、1基の記念碑が建っている。初の本格的な日本地図を製作した伊能忠敬(いのうただたか)は、文化7年1810測量のため当地堅浦を訪れた。このことを顕彰した記念碑である。5分ほどで着く奥ノ院からは、工場が並ぶ津久見湾越しに、美しい山並みを望むことができる。(『九州八十八所巡礼』より)()

ひとくちメモ

毎年11月の中旬には堅浦霜月祭り(大分県無形民俗文化財)が催される。羽迫神社(はねあさまじんじゃ)に伝わる伝統行事で、羽迫神社・当寺などで神楽、獅子舞、長刀、棒術などが行われる。(津久見市HPより)

庭のツツジは名所として有名である。(Linksのページより)

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