お寺めぐりの友

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高城山()吉祥院(きっしょういん)[高城山子安観音]□□□天台宗

歴史

当院と観音院の両方が同一の本尊(如意輪観世音菩薩)を祀っているようだ。 両院は隣り合わせに伽藍を構えている。

和銅年間708-715、大分川と大野川の中間にある高台に、豪族阿曽小連(あそのこむらじ)の妻が懐妊して出産のおり、七昼夜苦しんだ。阿曽小連は自作の鉈彫(なたぼり)の如意輪観音像に沐浴合掌すると、無事男子を出産。近隣の者たちにも如意輪観音像を拝むことを許した。巡錫中に。この話を聞いた行基が阿曽小連の仏像に一刀三礼してのみを入れ、厳かに開眼供養をし、生まれることを慶ぶ寺「生慶寺」と号した。

15世紀、豊後の大友一族の天正の乱の際に全山焼失したが、本尊は池に沈められ難を逃れた。 数十年後、沈められていた本尊が池から浮かび上がってきたため、再建されたと伝わる。

昭和20年1945の空襲で、本堂はふたたび全焼し、本尊以外のものがすべて崩壊。 本尊は、住職が背負って逃げたため難を逃れた。 昭和58年1983に慈眼堂(供養堂)を建立。昭和62年1987より本堂の新築工事を開始、平成2年1990に落慶竣工し、戦後の復興事業を達成した。(以上 ホームページより)

ひとくちメモ

未参拝の為未稿。

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