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田丸山() 長久寺(ちょうきゅうじ) [未] 浄土真宗本願寺派

歴史

伊藤氏メモ文明9年1477、当地の地頭・福島但馬守祐斎及び息女千代姫が廻国僧(かいこくそう)[1]天然和尚に帰依し当寺を開基する。 天然和尚は、後に京に赴き蓮如上人の弟子となり釋浄祐の名を賜り、再度九州に下った。これ以後、当寺は天然教化の豊前・防長の道場を統括し、浄土真宗の発展に重要な役割を果たした。

福島田丸城は長久寺を城郭化したもので、当寺の境内は田丸城跡である。

豊前の国人一揆に際し、宇都宮鎮房に呼応した賀来氏(大畑城)・福島氏は、黒田孝高指揮の吉川広家・黒田長政の軍に攻撃された。『陰徳太平記』には両城において討取所宗達の頭八百余級(ことごと)く獄門に掛けたと記されている。この時の城主は佐渡守鎮充、天正15年1587のことである。

当寺は細川藩の時代に復興を遂げ、浄土真宗の拠点として現在に至っている。現在の境内地には自然林指定の山林と二重の堀を残し、約一町五畝の敷地は落城時とほとんど同じである。本堂は天保9年1838、山門、鐘堂、経堂、石橋は享保元年1716の創建である。(「現地説明板」などより)()

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。

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脚注

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