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大久山(だいきゅうさん)長谷寺(はせでら)☆☆☆高野山真言宗

歴史

境内の案内板の内容を下に引用する。

真言宗 長谷寺(本尊 十一面観世音)

長谷寺縁起によれば、孝元天皇の22年(前193)(はじ)めてこの地に神を祀った。

文武天皇の甲辰(きのえたつ)(704)の秋、仁聞岩窟(がんくつ)(しゃく)を留めて修行していた。 或る夜のこと白髪の(おきな)が現われ「吾は白山権現なり、この山に垂跡(すいじゃく)すること年久し、汝この山を開闢(かいびゃく)せば、吾永く法燈を守護せん」といって姿を消した。 仁聞は夢から覚めて直ぐに一刀毎に三礼し観世音菩薩と脇士、不動明王・毘沙門天像を彫刻して岩窟に安置した。

その後、神亀4年(727)の春、三界上人(さんかいしょうにん)留錫(りゅうじゃく)した際、白山権現のお告げにより創めて堂を建て長谷寺と号した。 上人は永い間この地に留まり衆人の信望極めて篤く晩年この地で入定(にゅうじょう)(即身成仏)されたといわれるが、これが我が国で最初の入定であるという。

当山は歴代国主の祈願所として栄え、境内のあちこちに昔を偲ぶ数多くのものが残されている。 また飛鳥仏(あすかぶつ)である周防凡直百背(すおうおうしゅあたいももせ)が娘の死を(いた)み供養のために造った観世音菩薩立像が安置されている。 毎年4月20日に本尊とともにご開帳される。

なお、元明天皇の和銅年間(708-715)、英彦山及び紀州熊野権現の神勅をうけ西国三十三ヶ所霊場を開くにあたり、第2番札所に列せられている。

昭和59年 3月 三光村教育委員会

地名「三光西秣」は「さんこうにしまくさ」と読む。「(まぐさ)」とは馬や牛などの飼料にするほし草・わら。かいばのこと。

ひとくちメモ

門前の真新しい駐車場がある。道を挟んだ所に山門がある。周辺はのどかな田園風景が広がっている。

長谷寺は小高い山の東側山裾の石垣の上にある。 石垣には一石五輪塔がはめ込まれている。なかなか珍しいものである。

本堂の前には大悲殿があり、釈迦如来坐像が祀られている。 台座を含め細かな細工がほどこされている。

奥の院は絶壁に建てられ、奥ノ院の窟に連なる尾根づたいに点在する石仏たちを巡る「長谷寺八十八ヶ所へんろ道」があるようだ。 奥の院への登山口は本堂に向かって左手にある。登山用の杖も設置されている。 少し登ってみたが、倒木に道を阻まれ前進を断念。残念。 境内全体が少し荒れているようだ。

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