お寺めぐりの友

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蟠龍護山() 宝陀寺(ほうだじ) [宝蛇福壽寺・宝陀禅寺] [未] 臨済宗東福寺派

歴史

大同3年808、伝教大師(最澄)による創建。清水寺と号し、僧坊6坊を有した。この寺が宝陀寺の前身である。

延暦28年804、伝教大師が入唐の時、暴風雨が起こり、船が沈没しそうになった時、観音妙智力を念願して「日域帰朝の時千手大悲の尊像を彫刻し、清浄の城に安置せん」と唱えると、風が止み、無事に唐の明州に到着できた。 帰朝後、自ら千手千眼の尊像を刻み、この山に安置した。

時代は下って、豊後国主大友氏泰おおともうじやす1321-1362[1]の家臣田原左近蔵人直平(この地の領主)と清水寺の住良義法印がある夜同じ観音菩薩の夢を見た。その後二人で本堂に泊まった所、二人共、夜半に白衣の神人が現われ「この地は三世諸仏説法の霊地なり、悟庵禅師はすなわち正法明如来の応化なり、汝宣しく寺を建てて迎え寺主たらしむべし、われはこれより護法善神として永く加護せん」と言って消えた夢を見た。

そこで東福寺の聖一国師の法孫、悟庵禅師を迎えて開山とし蟠龍護山宝蛇福壽寺と号した。元応2年1320[1]のことである。(以上、境内の石碑より)

寺に祀られている千手観音像は、推定平安時代の作。山門は寛永5年1608の作。(境内の案内板より)

ちなみに山号の「蟠龍」とはとぐろを巻いた龍の事。

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。

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脚注

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