お寺めぐりの友

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平山山平等院(ひらやまざんびょうどういん) 平仙寺(へいせんじ) [未1] 天台宗

歴史

天正16年1588、堯珍法師の開山。 堯珍は、もと島原温泉山七百坊惣座主。 天正年中1573-1592にキリシタン教徒により温泉山(雲仙)の堂社仏閣を残らず焼失。 堯珍は島原領湯江に逃れ、さらに賊徒の来襲を恐れて遂に諫早に着き、船越村本坊に住す。 数年を経て、鼻祖竜造寺家晴、2代直孝両代の庇護を受け、平山山平等院平仙寺に安住。 以後、慈眼院と触内四坊(福緊坊、蓮乗坊、長円坊、願成坊)とともに愛宕社、八幡社、祇園社など多くの神社を支配下に置き、諫早藩の祈祷寺として隆盛した。

明治の廃仏毀釈により、末寺・末坊みな廃絶となり、火災により当寺も茅葺の仮堂となる。 さらに昭和20年1945の農地解放令によって、すべての田畑も失う。

昭和42年1967第26代亮締師により、旧諫早家の建物を買取り本堂と庫裡に改築。 昭和59年1984庫裡等を新築、さらに土地区画整理事業を契機に、位牌堂を備えた会館および山門を新築し現在に至る。現27世。(ホームページより)

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