お寺めぐりの友

PC版

高野山(こうやさん) 最教寺(さいきょうじ) [西の高野山] 真言宗智山派

イベント情報(今日から2ヶ月間)

2020-02-03 子泣き相撲 赤ちゃんを特設の台の上で向かい合わせ、しゃもじをもった行司さんが「ハッケヨイ、南無大師偏照金剛」とあやしたり脅かしたりして早く泣いたほうが勝ちとされるものである。

歴史

この地は、大同元年806弘法大師が唐から帰朝した時、初めて護摩を焚いたところといわれる。 現在、奥の院には大師の護摩石と坐禅石がある。 慶長12年1607、初代平戸藩主松浦鎮信(まつらしげのぶ)が高野山最教寺を復興、真言教学の学問所である談義所を合併し、大和国長谷寺の空盛上人を中興開山として招いた。また、その2年後、奥の院を建立しているという。

奥の院は再興時のもの(慶長14年1609建立)、本堂は江戸中期の再建になり、境内の三重塔は平成元年1989建立で、三重塔としては日本でも最大級のものである。

「子泣き相撲」が毎年2月3日の節分の日に行われるという。その云われはLinksのページをご覧ください。

ひとくちメモ

境内は本堂域と奥の院域の2つである。 本堂に向って左手に奥の院への参道口がある。 そこから上り坂。参道途中には88体の石仏が立てられ、奥の院手前の石段下には六地蔵塔・中興開基の松浦鎮信の墓所などがある。

奥の院域には、本堂・三重塔・巨大な大日如来像・笠地蔵などがみられる。 奥の院本堂は、一風変わった造りである。 本堂裏手には棟続きでかなり古い建物がある。 神社建築で云う拝殿と本殿の組み合わせのようにも見える。

奥の院の三重塔の左手には弘法大師護摩石があるようであるが、見逃してしまった。残念無念。

関連寺院

Top