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()日向国分寺跡(ひゅうがこくぶんじあと)仏教礼拝所

歴史

一国一寺としのて国分寺建立は、通説によれば天平12年(741)に始まったとされる。 後年、国分寺は衰退の方向をたどった。日向国分寺もその例外ではなかった。

木喰上人が天明8年(1788)4月、四国から豊後を経て三宅村の日向国分寺に到着。 地元住民に乞われ、国分寺住職に就任。 寛政9年(1798)まで9年間、三宅村に滞在。 滞在中、国分寺が火災にあったため、再建に取り組み、 「五智如来」[1]5躰を完成させた。 明治初年、廃仏毀釈の波が押し寄せ、幸い仙光寺に移され難を逃れた。

境内に一本のイチョウの老木がある、木喰上人はこの樹に龕を造り、自作の小さな像を祀って、 「この樹生き育ち、樹皮が龕を包み込んだ時、我、再び世に現れん...」と告げてこの地を旅立ったと伝わる。

西都市市内には本町恵比寿宮の恵比寿神[2]など数点が残されている。(以上 境内の案内板(平成8年3月 西都市教育委員会)より)

なお、日向国分尼寺跡地はこちらにあるようだ。

ひとくちメモ

五智如来像は境内の木喰五智館に収蔵されている。同館の前には石造り仁王像もみられる。

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脚注

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