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()妙見宮(みょうけんぐう)[八代神社・神宮寺跡・一乗坊跡]★☆☆神道

イベント情報(今日から2ヶ月間)

**新型コロナウイルスの影響で中止イベントが多発しています。下記のイベントは一部中止となっている可能性があります。参加予定の方々はご自分で確認の上ご参加下さい。情報収集中です。ご容赦ください。**

日時内容備考
2021-11-22(月)〜2021-11-23(火)八代妙見祭日本三大祭り。ユネスコ登録遺産。

歴史

Wikipediaによれば、 『妙見宮実紀』(享保15年)に、延暦14年795、横岳頂上に上宮を創祀。永暦元年1160、 中宮を建立。 文治2年1186に、後鳥羽天皇の勅願で、検校散位(けんぎょうさんみ)大江朝臣隆房により下宮が創建されたとの記録があるという。

明治3年1870までは妙見宮と呼ばれた。妙見神とは、北極星・北斗七星の象徴である。神道と仏教の両部の宮寺で、広く崇敬を受け、八代、下益城、芦北三郡の一の宮として栄えた。明治4年1871神仏分離令により、社名を八代神社と改められたという。

11月22日、23日の妙見祭は、九州三大祭りの一つで、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

当宮の西側の道を挟んだ八代市立つ宮地小学校のグラウンド脇に「白木山神宮寺跡」の場所を示す白い道標が立っている。 また、そのすぐ南側の宮地公民館(宮地コミュニティセンター)の入口には「白木山一乗坊跡」の場所を示す白い道標が立っている。 一乗坊跡の道標の裏側に記されている内容を下に記す。

この場所には白木山一乗坊という天台宗の寺院があり、主坊神宮寺の下で妙見宮奉仕。 脇坊を務めていました。 寛永年間1624-1645に再興され、護摩堂・客殿・庫裡・地蔵堂などがありましたが、一乗坊は明治時代の神仏分離令で廃寺となりました。 宮地出張所(今の公民館の事?)建設に先立ち発掘調査が実施され、二面の文化層が確認されました。 上層は江戸時代の瓦類が出土し、下層では須恵器、土師器が出土しました。出土した土師器には(こしき)も含まれていました。

妙見宮には往時には白木山神宮寺を主坊とする15の天台・真言の寺院があったが、明治の神仏分離令により廃止されたという。 尚、当宮の本地仏(阿弥陀如来像)は現在、釈迦堂(釈伽堂公民館内)に安置されている。

ひとくちメモ

当宮は、八代市の繁華街の町の東側に鎮座している。 社殿は近年改装されたようで色鮮やかである。 本殿の軒下部の飾り(彫刻)は見事である。 境内には「八代妙見祭」で使われる出し物の展示場がある。

神宮寺跡・一乗坊跡にはその場所を示す白い道標の柱が立っているのみで、寺の遺構などは確認できない。

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