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龍池山() 千光寺(せんこうじ) [未] 不詳

歴史

境内の案内板の内容を下に引用する。

龍池山 千光寺

千光寺は、古文書の記録によると、津森城主光永氏が本堂と仁王門を建立し、さらに田畑3町8反を寺領田として寄進したとあります。 建立の時期については、光永氏の津森城への入城から考えると、15世紀前半以降(室町時代)と推定されます。

本堂内には檜材で造られた像高272.2cmの「木造千手観音立像」が本尊として安置されています。 両脇には仁王様もあります。 この観音様は県下最大級の仏様とされています。(中略)

この観音像は平安時代後期(12世紀末)の作とされており、千光寺の建立時期と仏像の制作時期が合わないことになります。 おそらく、光永氏によって建立された際に、他の寺院から移されたのだろうと考えられます。

下陳(しもじん)地区には、建仁2年1202に記された古文書記録によると、「石川の寺」の名前があります。 それは、平安末期に開基された大寺院で、この寺院の仏像が現在の千手観音様ではないかと推定されています。

室町期には光永氏の菩提寺となったようですが、天正14年1586、島津軍の津森攻略により落城とともに千光寺も荒廃します。 その後、延宝6年1687本妙寺7世日凱上人が法華経の寺院として再興したと古文書には記されています。

明治期に観音像は一時、本妙寺に移されたとも伝えられています。 しかし、地区の人々の願いと努力で千光寺に再び祀られ、下陳の守護神として手厚く守られています。

本堂前の石の手水鉢には再興時に檀主であった氏家氏の家紋三巴紋が入っており、元禄9年1696に奉納されたと考えられています。

千光寺の管理は、周旋係(任期2年)と称される人が、9月の例祭、迎春の世話、毎月2回の供花と清掃、会計等全般を担当されています。

益城町教育委員会

西日本新聞(2019-04-17)の記事によれば、本尊木造千手観音菩薩像は熊本地震2016で被災。 地元では地震の被害が比較的少なく、住民は「観音様が身代わりになってくれた」と感謝する。 住民たちは再興を決め、住友財団(東京)の助成を受け、福岡県糸島市の仏師、浦叡学氏に修理を依頼。無事修復完了。 本堂の再建は、熊本県の復興基金と住民の寄付で賄ったという。

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