お寺めぐりの友

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() 矢瀬が津留観音堂(やぜがつるかんのんどう) [未] 不詳

歴史

観音堂脇の案内板内容を下に記す。

三番札所 矢瀬が津留観音堂

建久9年1198、相良長頼(ながより)が地頭として入国した際、 城の明け渡しを阻んだ矢瀬主馬佑(やぜしゅめのすけ)胸川(むねがわ)[1]に誘い出し、謀殺(ぼうさつ)して、入城したといわれている。

ここ、矢瀬ヶ津留観音堂は、主馬佑の怨霊(おんりょう)を恐れた相良氏が建てて祀った「増運寺(ぞううんじ)」の観音堂にあった本尊の十一面観音を、文久2年1862の火災以降、この場所に移したものである。

元の位置には主馬佑の供養塔がある。(以下略)

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