お寺めぐりの友

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立護山() 満願寺(まんがんじ) [未1] 高野山真言宗

歴史

Linksのページによれば、北条氏は九州中部の支配強化のため、執権時頼(ときより)の弟時定(ときさだ)を下向させたが、 間もなく蒙古の襲来がおこり、敵国降伏の祈願のため勅願寺として文永11年1274、満願寺を建立したといわれている。 当時は阿蘇氏、大友氏の庇護を受け、壮大なものであった。天正16年1588、国衆一揆の余波をうけて寺領を失い、以後は衰退をたどり、わずかに寺家のうち多聞院のみが残るだけになってしまったという。

ひとくちメモ

少し離れた所(200m圏内)に大師堂地蔵堂本堂の池満願寺石塔群付杉群満山神社などがあるようだ。

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