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梅岳山(ばいがくさん)福厳寺(ふくごんじ)[福厳禅寺]★☆☆黄檗宗

歴史

山門脇の陶板製の案内板の内容を下に記す。

福厳寺は立花家の菩提寺で、天正15年(1587)立花宗茂公により、 岳父[1]戸次道雪[2]の菩提を弔うために建立されたものです。 寺名は道雪公の法名福厳寺殿から名付けられたもので、梅岳山福厳寺と称し、 筑前医王寺緒庵和尚を 迎えて開山としました。

田中吉政公の代に一時この寺は廃されましたが、 宗茂公が再び柳川の領主として返り咲き再建して菩提寺とし、 寛文9年(1669)3代藩主立花忠茂公の代に、高僧鉄文(てつもん)を招いて臨済宗黄檗派に改め、 今日の黄檗宗の法燈を伝えています。

伽藍は、東に山門、北に本堂、南に天王堂、西に鐘鼓堂開山堂が配されており、 本堂前や西側には、柳川城址から移された板碑六地蔵もあります。 また本堂裏には、歴代藩主を祀った切妻造・銅板葺の御霊屋3棟がコの字型に整然と並び、 更に西側一帯は墓地となっています。

この墓地には芥川作家長谷健、直木賞作家檀一雄や自由律の俳人木村緑平の墓があります。 なお、福厳寺では、「普茶料理(ふちゃりょうり)」を予約によって出しています。

参考:立花山 梅岳寺

ひとくちメモ

福厳寺は柳川城址の東隣に伽藍を構えている。 本堂正面には天王堂がある。安置されている各天の木像はかなりの古像である。 山門には透かし彫がほどこしてあり、立派なものである。

にはじめてお参りしたが、あいにく本堂が改築中であった。 また、本堂裏手にある御霊屋を見逃してしまった。痛恨の極みである。 またお参りに行こう。

伊藤氏メモ檀一雄の墓は、鐘鼓堂左側から墓地へ入ってすぐの場所にありました。赤御影の墓石で[檀家の墓]と記されており、すぐに分かります。現第27世。()

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脚注

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