お寺めぐりの友

PC版

潮源山() 清水寺(せいすいじ) [清水禅寺] ★★★ 臨済宗妙心寺派

歴史

境内の案内板の内容を記す。

清水寺由緒臨済宗妙心寺派(禅宗)

本尊 釈迦牟尼仏

起源

後深草天皇の建長元年1249、 常陸の国(現茨城県)の修行僧日用比丘(ひようびく)が全国行脚の途中、この地に寄り 林の中の清浄な湧き水を発見、ここに滞留することを決意、 草庵を結び村人との交流、僧の徳に感じ村人は物資や労力を喜捨し、寺を建て、清水寺と呼んだ。 潮源山清水寺の呼称はここに起因す。

経過

天正年間1537-1591に大友宗麟の兵火にかかり荒廃していたが、 寛文8年1668久留米藩より社寺の復興が進められ、 梅林寺2世澤雲和尚は高弟の休岳和尚を入れさせ、 その師である月洲和尚を開山として再興を図った。 当時の禅寺は、庄屋や地主の一族が檀那となり、金品を喜捨して寺の経営を支えており、 彼らは、寺を檀那として尊崇していた。 以来200年法灯を嗣ぎ明治初年、大生寺14世滴川和尚が、 来住し、石垣、石段、山門等境内の環境整備に苦心し、現在の堂塔・伽藍が出来た。

上段の観音堂には、文明年間1781-1788日田の陸奥守親武及大蔵下野守武高が伝教大師の一刀三礼して彫ったという 観世音菩薩を勧請し、ご本尊として信仰されている。

また、観音堂は筑後の国33ヶ所観音寺のうち第4番札所として、大衆の巡礼の霊場として知られている。 檀信徒とは関係なく、地域の人々の信仰の対象として本堂の北東隅には地蔵堂があり、水子地蔵尊、石佛像を祭っており、 線香・ローソクの火は絶えない。

ひとくちメモ

門前の駐車場より、古びた楼門をくぐり進むと左手に湧き水場、石段を登ると観音堂、さらに進むと本堂がある。

楼門はかなりの年代物。その周辺はカエデの木が多数ある。楼門下の石畳もいい。

水場はまさに「名水百選」にふさわしい清涼な水がこんこんと湧き出ている。 かなりの水量である。(案内板によると一日700トン、年中水量に変化がないとのこと。伊藤氏メモ案内板の内容はこちら。) この水は地下をくぐり門前の石垣のトンネルを経て石垣下の水路に流れ出ている。

観音堂も歴史を感じる建物である。 「生葉郡中三十三観音第卅三33番札所」の木札が掲げられている。 その前には石灯籠が4基あり、延宝5年1677、元禄14年1701などの銘が判読できる。

本堂前にはしだれ梅の巨木がある。 梅の木は観音堂前にも多数ある。 門前はのどかな田園地帯となっている。 境内の石畳・地面はすべて苔むしている。 まさにこの地区一ニを争う古刹である。

関連寺院


Top