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桃渓山()西福寺(さいふくじ)☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之18 御笠郡 四 山家村の項に下の記事がみられる。

西福寺

本村に在。真宗西本願寺直末也。寛永4年(1627)潤3月寺号木佛を許さる。

『長崎街道 大里・小倉と筑前六宿』によれば、 最初は元和8年(1622)久留米藩領三潴郡大隅村(現久留米市城島町あたりか?)に開基・建立されたが、西本願寺と藩主の間でいざこざがあり、 領内の西本願寺派の寺院は東本願寺派への転派を命じられた。 転派に応じられないお寺は領外退去を命じられた。 西福寺の住職玄誓は転派に応じず、 正保4年(1647)に山家村の桃谷に移り、その後現在地に移転したという。 (光伝寺の歴史の項も参照のこと。)

ひとくちメモ

旧長崎街道山家宿内に伽藍を構えている。門前の国道200号線は長崎街道である。

狭い参道口を進み境内に入るとかなりの広さである。 鐘楼脇には昭和3年6月30日建立の冷水隧道殉職者弔魂碑がひっそりと立っている。 上の『長崎街道』によれば裏に殉職者6名の名前が刻まれているという。 冷水隧道とは現在の冷水トンネルが開通する前の古いトンネルのようである。 江戸期の冷水峠ルートを開通するのも難工事であったと聞くが、この冷水隧道工事も難工事であったのだろう。合掌。

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